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2011年12月15日(木)   <<BACK>>

回顧録―(3)

 今年のルミナリエは仕事で行けないかなと思ったが、ギリギリ最終日に訪れることができた。
 人々の列は大丸を左に曲がった所から光のプロムナードに入る。多くの人が携帯やカメラを掲げ写真を撮る中を歩いた。阪神淡路大震災の年のルミナリエは今と違って、静かであった。たくさんの人の靴音だけが耳に入った。少し不気味ではあった。ふと横を歩いている人の顔を見ると、光に照らされた顔は涙であふれていた。
 光のトンネルが終わると、東公園に出る。公園全体ががルミナリエの光に囲まれている。この中に入るのが好きである。人工光であるとはいえ、あらゆる角度から光に照らされ包まれるのは気持ちがよい。こころが温かくなる。
 震災の時は水の供給を学校で受けるのも、食料の配給を受けるのも、何時間も立ったまま待たなければならなかった。人は決して競争をし殺到することはなかった。
 生きることは?人が生きるということは?それぞれ自分の生き方を貫くことである。
 この当たり前のようなことを、こころの芯で感じ取った。多くの人も同じような気持ちであったように思う。

 世界の情勢は決して安穏とはしていない。自然災害だけでなく、あらゆるところで紛争が起き緊迫している。来年は今年以上にさまざまなことが起こりそうな気配がする。国や地方の行政だけに依存するのではなく、それぞれの個人が自分の生き方を貫く中で、人を支援していく。このような市民レベルの活動の中に、人類の希望の明かりを見出せるように思う。

若いカップルも含め、さまざまな世代がここに集まってきた。
Dic.12,2011,in Kobe
Optio H90

 


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