2004年6月22日(火)   <<BACK>>
ブッダが語ったこと(7)
ー彼岸へ行くー

 『スッタニパータ』で用いられている「彼岸」は「あの世」のことではないと、前回のダイアリで言ったが、『スッタニパータ』は長い間、口伝で歴史を渡ってきたため、不明確なところがある。その上、簡潔すぎるため正確な意味をつかみにくいところもあるのだ。この辺りに誤解を生む要因のひとつがあるのかも知れない。
  例えば、今、取り上げている「彼岸」については、803には次のように出ている。

 803 諸々のダルマを受け入れる必要のない彼等には、
    何かを実行することもなく、誰かを尊敬することもない。
    彼岸へ行き、戻ることのないバラモンにとって、
    導かれるような戒律はない。

 この「彼岸へ行き、戻ることのない」というのは、「あの世へ行って、姿がこの世に存在しない」という意味ではない。「彼には〈想い〉というものが完全に消え去り、世俗のあらゆる悩みや心配事が関わってこない」と言っているのである。人、固有の存在は、まるで写 真の人物を特定するように、その人の姿形にとらわれやすいが、それ以上に〈発せられる言葉〉や〈表情〉によって感じられるものなのだ。その言葉や表情は、その人自身の心に湧いてくる〈想い〉より生まれる。
  だから〈想い〉は存在の根拠、そのものでもあると言ってよい。「その〈想い〉が無くなれば居ないに等しい」を「彼岸へ行き、戻ることのない」という言葉で表わしているのである。

(註)「バラモン」、ブッダが言うバラモンは、範となる修行者のことである。

→6月も残り少なくなると、学校通いの生徒や学生は、夏休みまでの日にちを勘定する。

 


2004© copyright yamaji-kan